2014年11月28日金曜日

【追悼】越部信義さん インタビュー みんなに喜んでもらうものを作りたい (NU43号 日本テレビ版ドラえもん特集より)

ネオ·

日本テレビ版ドラえもんの主題歌を作曲された越部さんが亡くなられました。

· 「サザエさん」作曲家の越部信義、逝去

現在品切れ中のNU43号での氏のインタビューを掲載したNU43号日本テレビ版ドラえもん特集号が品切れのため、ここに公開し、その実績をたたえます。


故人の才能と努力をあまねく皆さんにもご覧頂きたく、ここに公開させていただきます。
 音楽文化史に多大なる貢献を果たされて永眠された氏に、つつしんでお悔やみを申し上げます。

演歌・ルンバ・デキシーランド(ジャズ)・ワルツをドラえもんに取り入れたその理由をお聞ききし、その才能と精神に対して尊敬の念といただいたのが昨日のようです。


----





★四十数年間、NHK「おかあさんといっしょ」の音楽を担当され、「おもちゃのチャチャチャ」等の子どもの歌、「マッハGoGoGo」「みなしごハッチ」等タツノコアニメ黄金期の主題歌を多数作曲された越部信義先生。つねに「みんなに喜んでもらえるものを作りたい」という先生から、日本テレビ版「ドラえもん」主題歌創作の秘密を伺いました。

- 音楽の世界に入られたきっかけを教えていただけますか。
越部先生:普通、音楽を始める人は5・6才から始める人が多いのですが、私は遅くて、中学生のときにピアノのバイエルを始めました。高校時代にクラシックの作曲家になりたいと思い、猛勉強して、芸大に一浪で合格しました。しかし在学中の師匠の池内友次朗がフランスのコンセルバドールの出身で、音色やハーモニーが派手な方だったんです。そのせいか、近代音楽のラベルのボレロやドビッシーの夜想曲などの音色やハーモニーがユニークな音楽の影響を受けていました。そのあと、ホーギー・カーマイケルの「スターダスト」というハーモニーがとてもユニークなジャズの曲に出会って、ジャズやラテン音楽に夢中になりました。
 大学を出たあとは、高校の音楽の先生をしていましたが、しばらくして大阪の朝日放送の作曲コンクールに応募して一位を取ることがでました。そのコンクールの審査員をしていた三木鶏郎さん(コマーシャルソング作曲のパイオニアで、後に「鉄人28号」「トムとジェリー」「ジャングル大帝」の主題歌もご担当)に「ちょっと遊びにいらっしゃい」と言われて、三木さんの三芸という音楽工房で仕事をするようになりました。
 三木さんからもいろいろ影響を受け、コマソンもやりました。一番ヒットしたのは崎陽軒のシューマイです。アニメの仕事は、その三芸の所属しているときにタツノコプロさんに気に入ってもらえて、続けてやらせていただいたという感じです。

――どのような経緯で『ドラえもん』の音楽をお引き受けになられたのですか?
越部先生:番組の制作会社があって、そこを通して受けた仕事だと思います。制作会社から詞を廻されたと思います。ですから、当時、直接、藤子先生とお会いした記憶はないんです。

――ドラえもんで作曲された主題歌四曲は、演歌・ルンバ・デキシーランド(ジャズ)・ワルツと、全て曲調が異なるのには、驚きました
越部先生:当時のアニメを作っていたときから、私にはみんなに喜んでもらうものを作りたいというポリシーがあって、それまでの子供番組の主題歌に無いものを、と考えました。ルンバは、キューバ生まれののラテンミュージック、デキシーランドは、ニューオリンズのスリーリズムの音楽です。
 タイトルの「ドラえもんのルンバ」や「ドラえもん・いん・できしいらんど」は、私の提案や完成した曲調が反映された結果、名付けられたものだと思います。「ドラえもん・いん・できしいらんど」は、詞から、この曲はデキシーランドかなって思って。
 主題歌「ドラえもん」の「♪ヒャア~」というイントロのメロディは好きです。曲調は演歌風ですが、ドラムセットのシンバルなど割とジャズ的なテイストが入っています。「♪ヒャア~」という歌い出しは、藤子先生の詞にあったと思うのですが、とてもユニークに思いました。

――主題歌を歌われている内藤はるみさん、「♪ハア、ドラドラ」の合いの手を担当している劇団NLTというのは、どういった方々だったのでしょうか。
越部先生:内藤さんは、コロムビアが推薦した方だと思うのですが、本当にうまい方でしたね。
 劇団NLTの方々も、コロムビアの推薦だったと思います。本来は、いわゆる劇団の方で、いまでも舞台の活動をされていると思います。ですので、いつもやることとは違うって戸惑われていたと思います(笑い)。

- 「あいしゅうのドラえもん」は富田耕生さんが歌われていますね。
越部先生:富田さんの声はいい声でしたね。富田さんが歌われることを想定して、書きました(=作曲しました)。大抵主題歌は、詞をもらって、レコード会社が推薦した歌手にあわせて決めます。歌手によって歌える音域がありますからね。
 また、聞いてくれた子供が楽しく歌ってもらえるように「歌いやすい」曲作りもポリシーとして心がけてました。やってみると難しいときもありましたけど(笑い)。

- 「ドラえもん」では、劇伴音楽も担当されています。
越部先生:こちらは主題歌と違って、日本テレビ動画と所属事務所との間に、音響制作会社があって、そちらとの仕事でした。
 当時は、だいたい木曜日に映像を試写室で観て、こんな音楽が欲しいと聞いて、月曜に録音という感じです。
 録音スタジオで映像も流しながら、録音ということを毎週やっていました。いい時代でした。今は、テレビ番組の音楽ディレクターが「こんな音楽が欲しい」というリストを作って、それに合わせて様々なタイプの曲を作るのです。ため録りの方がプレイヤー(=スタジオミュージシャン)の手配が安く済みますので、次第に(試写を観ずに)自分からも、この方法を取れるようになりました。

- 曲に使う様々な楽器の手配も想定して作曲されるのですか?
越部先生:プレイヤーを集める仕事が専門にあって、そういう人とツーカーだったので、その人が、この楽器ならこの人という風に集めてくれました。昔、録音に渡辺貞夫が来てました。今では考えられないですね(笑い)。
 当時のプレイヤーはとても器用で、譜面を当日初見で演奏してくれましたが、NHK交響楽団所属の方にお忍びのバイトで弦楽器の演奏をお願いしたところ、クラシック音楽のプレイヤーは譜面通りにしか轢いてくれず、ノリを理解してくれなくて苦労しました。今そういうことはありませんが。
 
- 作曲がどのように行うのでしょうか。
越部先生:私はピアノは使わずに、頭の中で、ああしよう・こうしようと考えたことを、譜面に書いていきます。

- 「パーマン('67)」の主題歌もご担当されていますね
越部先生:三輪勝恵さんは、非常にユニークな歌い方をする方でした。当時、ほとんどアニメの主題歌の作曲料はレコード会社の買取で、この曲もヒットしたけど買取でしたね(笑い)。

- 最もお気に入りのアニメソングは何でしょうか
越部先生:「マッハGoGoGo」です。アメリカ版アニメも私のメロディなんだけど、向こうの方の編曲が、ちょっとチープで残念でしたね(笑い)。誰からも良いって言ってもらえないのですが、私が一番気に入っている部分は、エンディングの間奏部分です。
「みなしごハッチ」も好きですね。この作品もアメリカでやるという話があったみたいですが、お話しが悲しすぎるということでダメになったみたいです(笑い)。
- 貴重なお話ありがとうございました!

'06·11·23ご自宅にて取材:ポール舘・てふてふ/企画協力:mvunitさん・き~ぼ~さん・太田康湖さん
※初出:藤子不二雄ファンサークル会誌「NeoUtopia 43号」